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「片隅のメロディー」 by 日暮さま


雨に煙る大通りに、赤信号が明滅している。
さほどさびれたわけでもないが、これほどのどしゃ降りの夜には猫ですら見当たらなくなる。
そんな寂しい闇の中、二つの影が動いていた。

 [アルテイ]
アルテイは一人の少女をつけていた。
彼女が今回の標的だ。
傘は差さない、少女に気づかれないように。
その姿は闇にまぎれ、足音は雨の音に散る。
少女との距離、わずか数メートル。
アルテイは黒い河にも見える、その大通りを渡ろうとした。
その時だった。
ブロロロロ・・・
バイクの音に、少女が顔を上げた。
こちらを振り返る。
アルテイは慌てて電柱の陰に身を隠した。
(気付かれたか・・・?)
わずかに焦るアルテイ。
ここで見つかってしまっては、雨の夜を選んだ意味がない。
だが、少女はすぐに歩き始める。
気付いていないと判断し、アルテイは再び、ひたひたと少女に近づいていった。

 [都希]
もうかれこれ二時間になる。
突風にあおられ傘を失い、冷たい雨の中歩いていく。
一人ぼっちの大通りを都希の足音だけが通る。
ブロロロロ・・・
背後からバイクの音がした。
ふと振り返ったその瞬間、バイク以外の気配を感じる。
目がひきつけられたのは道端の電柱だった。
(いる・・・)
ふるふると心臓が揺れる。
(あの人がいる・・・やっと来た・・・)
何でもないフリをして、とにかくにも足を進める。
もう大通りは歩かない。
目指して行くのは暗い裏道――。

 [アルテイ]
少女が細い道に進む。
その姿が完全に隠れてから、アルテイは自分も後に続いた。
近道でもする気だろうか、そこは暗い裏通りだった。
(とりあえずは好都合)
ひそかにペースを上げていく。
少女に近付いたことで、時折白い横顔が見える。
じっと見つめる、やはりそうだ。
写真の少女に間違いない。
名も知らない、依頼主も知らない。
送られた写真にのっとって、アルテイは仕事をするだけだ。
報酬はもう届いている。
それはアルテイの仕事へのもので、標的の地位は関係ない。
だから報酬はいつも同じ額だ。
その代わりにアルテイは、どんな相手にも素手でかかる。
自ら殺める罪を背負うには、素手でかかるしか方法はない。
銃は命をあっさり奪うから。
じっと狙い待つアルテイに、まさにそのチャンスが訪れた。
泥水をハネ上げた少女が、ほんのわずかに足をゆるめる。
間髪いれず、アルテイは走った。

[都希]
雨の夜の裏通りは思った以上に不気味だった。
ぬるぬるした壁は気持ち悪く、不安になった都希はペースを落とした。
背後にはかすかな気配があり、それは徐々に近くなる。
横顔に視線を感じて都希は目をしばたいた。
冷え切っていた頬に血がのぼる。
ほてった頬を気にすると頬はさらに赤くなった。
強引に意識を気配へと向ける。
(・・・あの人は日本人じゃない)
初めて見たときから運命を感じた。
言葉の通じない殺人者・・・心を揺さぶられないようにだと、その時都希は思った。
きっと、最期の言葉を聞いてしまうと殺せなくなってしまうのだろう。
(結局は優しい人)
だから写真を送ったのだが。
人間は死ぬときの顔が一番美しいというから。
都希はさんざん苦労してようやく報酬とするお金を手に入れた。
(みんな、ごめんね)
ふと知人を想った時、都希は水たまりに足をとられた。

[アルテイ]
一気に距離を詰める。
振り返った少女の首にすばやく両腕を回した。
驚いた顔一つ見せず、少女はただアルテイを見つめる。
ぐっと強く力を入れると、わずかに顔をこわばらせ、それでもじっと目を見つめている。
これまでの誰とも違う反応。
戸惑うアルテイの耳に、か細いメロディーがそっと流れた。
(・・・おかしい)
思わず力を緩める。
確かに少女が歌っていた。
言葉は分からない、なのに耳になじむ心地よいメロディー。
首に回したアルテイの手に、上から小さな手がかぶさる。
自ら力を込めるその手は冷たい雨の降りしきる中、燃えているように熱かった。
(苦しいだろうに・・・どうして・・・)
途切れ途切れのかすれたメロディー。
苦しいはずの少女は笑っていた。
そしてアルテイは気付いた。
先程手を緩めた時、少女が呼吸をしなかったことに。
そのことに気が付いたから、小さな手が外れてからもアルテイは手に力を込めた。
メロディーが消えていく、その儚さに聞き入りながら。
少女が彼を見上げて笑う。
幸せそうに優しく笑う。
そしてそのままメロディーは消えた。
アルテイはそっと両手をはなした。

 [都希]
バシャン、と激しい水音がした。
(・・・来た!)
振り向いたそこに男はいた。
大きな手が首に回る。
都希は抵抗しなかった。
ようやく近付けた男を、ただただじっと見つめていた。
(きれいな目)
吸い込まれそうだと都希は思った。
そうして全てをゆだねた時、都希の口から歌がこぼれた。
意識したつもりはなかった。
だが、自然とこぼれたそのメロディーは男に迷いを生んだようだった。
緩んだ手に、手を重ねる。
力を入れると苦しさは増した。
男の目が深い色を宿し、その目につられて涙がつたう。
(やっと会えたんだから)
雨にまぎれて涙は見えないだろう。
それが都希には嬉しかった。
男の手に力がこもり、都希の胸がぎゅっと痛くなる。
メロディーがかすれて途切れる。
体の芯が熱くなり、都希は男に笑いかけた。
体の中で何かが乱暴に暴れている。
(・・・よかった)
世界がぐるぐると回る。
(・・・よかった)
ほてった頬が雨に打たれる。
見上げた都希の目の中に、男の目の色が映った。
(・・・ありがとう)
都希は、笑った。

 [アルテイ]
ぱたりと少女の手が落ちた。
しばらくは何も考えられず、その場で放心するアルテイ。
ふと目をやればその先に、少女の白い顔があった。
思わず目を奪われる。
穏やかに笑うその顔はとても幸せそうに見えた。
(・・・やはり、自らが望んで?)
雨が容赦なく少女を打つ。
アルテイは立ち去る気になれなかった。
これまでになかった心境に、アルテイ自身驚いていた。
そっと少女の手をとると、冷たいその手を包み込む。
先程とはうってかわり小さな手は氷のようだった。
メロディーがこぼれる。
手を温めてやりながら、アルテイはでたらめに歌を真似てみた。
それでも手は冷たいままで、メロディーも同じところばかりたどる。
やがてアルテイは立ち上がった。
立ち去り際、静かに微笑む冷たい少女を、アルテイは美しいと思った。

雨の上がりかけた夜明け前、静かな街の片隅で主人を失ったメロディーだけがそっと風に揺れていた。

[終]




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