ファン・アート


「永訣の朝(CASSANDER&HEPHAISTION)」 by じゅん様



「お・・お前か・・?」
 ヘファイスティオンの大きな瞳が見開かれ、そこからこぼれ落ちる涙で目の前のカッサンドロスが霞んでいく。自分の意志では制御できない、この異常に長い断末魔。
 彼はいつも一つの確信を持っていた。いつかは自分がアレキサンダーより先に逝くのだ。それが望まない反逆によるものだとしても、魔の手はまず自分に伸びる。
「俺だとわかっても・・・何もできないだろう。」
 下ろせば誰よりも長い髪。灯りのない、半ば闇夜ですらそれがカッサンドロスの姿だとわかる。幾分かすれたその声に、きっと長い間黙って自分を見ていたのだろう、とヘファイスティオンは思った。
寝酒して後、まもなく襲った苦しみに死の気配を感じつつも、ヘファイスティオンは誰の助けも呼ばずにこの時を迎えた。事がこれだけでは済まないとわかっていたし、一度始まったならもう止めることはできないこともわかっていた。今更とどめを刺しに来たわけではあるまい。そんなことよりもカッサンドロスに言っておきたい事がある。
「あまり情け深くするな。・・不名誉だ。」
床に転がり落ちて立ち上がる力もないままのヘファイスティオンを、黙って抱き上げたカッサンドロスは、紺碧の瞳に一滴の迷いを湛えながらも、無表情に彼をベッドへ入れた。不名誉と言われても、自分が今、奴にしてやれることはこれしかない。
「俺が憎いか?ヘファイスティオン。・・・だがわかってくれ。もし・・」
「アレキサンダーを先に・・殺れば、こうはできない。そうだろう?」
「・・・!」
「俺が・・先でなければ、こうやって最期に逢うことも・・叶うまい・・」
 カッサンドロスは、その見透かすようなヘファイスティオンの言葉に緊張の糸を切られ、彼の枕元へ膝をついた。決して自分に振り向くことのないこの男が、無防備なまま発する言葉とは思えない。今までどんな時も自分に気を許すことのなかった男の口から出たそれに、彼は包み隠してきた心を射抜かれた。
 何故この男を長い間忘れられなかったのだろう。それよりも何故、自分はこの男を力ずくでアレキサンダーから引き離そうと思わなかったのだろう。多分それはひとえにヘファイスティオンの自分への態度にあった、とカッサンドロスは思う。まさか自分が彼を愛しているはずがない、と錯覚したくなる程、彼は別の男を見つめていたのだ。
「どうやって気付いた?俺がお前を・・・」
「内に秘めても、その・・目が、モノを言い過ぎる。」
 その言葉に、カッサンドロスは思わず睫毛を伏せた。錯覚ではなかったことに、今更気付いたことが哀しかった。そして今の自分の目に深い翳りがあることを、彼はこの時だけ恥じた。野望への決断と、愛の成就が一度に成されることはない。
「目か・・。お前は、体じゅうで『俺に寄るな』と言っていた。」
「ふん・・殺してやりたいところだが・・もういい、好きにしろ・・」
 ヘファイスティオンはそう言うと、目を閉じたまま、口元だけで微笑んだ。カッサンドロスの解いた髪が彼の顔に落ちてくるまでの時間、それは彼らの最初で最後の口づけよりも長く、その距離を縮めることがどれだけ困難だったかを互いに気付かせた。寒くもないのに冷え切ったその唇と唇はあまりに切なく、呼吸を阻まれたヘファイスティオンが微かに「く・・」と喘ぐのが、カッサンドロスには耐え難かった。
 愛している。愛しているのだ。たとえ今日が最期であっても。それが届かなくても。
「お前に、言い・・たいことがある・・」
 そう言いながら再び開いたヘファイスティオンの瞳から涙がこぼれ、それは耳へ吸い込まれる。
「頼む。あまり・・・時間をおくな。」
「わかっている。そう悪戯に悲しませはしない。・・あの男も耐えられまい。」
「・・・・」
 黙られることに我慢できない。その薄らぐ意識の中で、何を思っているのかを考えると。
「嫌な奴だな!ここまで来てまだあの男を気遣うとは!」
 両手の拳を握り締め、堰を切ったようなカッサンドロスの叫びが高い天井に向かって伸びる。それと同じ高さから散る小さな滴が、薄暗い視界でも見て取れた。できることならこの男の涙を浴びたくはなかったと、ヘファイスティオンはそれすら不名誉に思う。夜明けはもうすぐ来るだろう。
 それからまもなく、カッサンドロスの背中を見送ったファイスティオンは、体を横たえたまま、彼に向けて、また己に向けて呟いた。
「・・断ち切れ・・」
 カッサンドロスがこの言葉を聞いていたかどうかはわからない。だが彼らの運命はすでに動き出していた。
 後戻りはできない。黄泉への道も、王への道も―

                                        The End




Back  Top  Home  Bbs  Next